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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)3103号 判決

原告 和田高彦

被告 亀井泰輔 外一名

主文

原告に対し、被告亀井泰輔は別紙目録記載の土地上南側所在木造板葺平家建住宅一棟建坪一四坪三合を、被告亀井助紀は同地上同家屋北側所在木造瓦葺二階建一棟建坪約六坪を夫々収去して右土地を明渡せ。

被告等は原告に対し昭和二五年一月一日以降前項明渡済に至る迄一箇月一坪につき金三円の割合による金員を支払え。

原告の被告等に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り原告において建物収去土地明渡の部分につき被告亀井泰輔に対し金十万円、被告亀井助紀に対し金五万円の担保を供するとき、金員支払の部分については無担保にて、夫々仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、第四項同旨及び被告等は原告に対し昭和二五年一月一日以降右明渡済に至る迄一箇月一坪につき金二十円の割合による金員を支払え、との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を所有するものであるところ、被告等は昭和二三年頃より何らの権限なくして同土地を占拠し、被告亀井泰輔は昭和二四年一月被告亀井助紀は昭和二八年春頃夫々本件地上に主文掲記の家屋を地主たる原告の印鑑を偽造冒用し所轄庁へ建築届を為して建築した。その後被告等は原告の再三再四に亘る折渉に応ぜず依然本件土地を不法占有しているので、右家屋を収去して本件土地の明渡を求めると共に被告等の不法占拠の明確なる昭和二五年一月一日以降一箇月一坪につき金二十円の割合による賃料相当の損害金の支払を求めると述べ、

被告等の抗弁事実を否認し、仮に被告亀井助紀と訴外北川弘道との間に本件土地につき売買契約が成立したとしても、同訴外人は単に原告の土地管理人に過ぎず、自ら原告を代理して土地売買を為す権限なきものであるから該契約は無効である。又右被告は右売買代金の内金二万円を支払つたと主張するが、右金員は訴外北川弘道が右被告から無理に押しつけられたといつて持参するので原告は何か分らぬが将来損害金の一部に充当できると思い預つているに過ぎない。仮に原告と右被告間に本件土地につき売買契約が成立したとしても、原告は本訴において右売買契約を解除する。即ち、(イ)右被告の主張する本件土地売買代金の履行方法が右被告の主張するように昭和二三年一〇月から一箇月金五千円の月賦払であるとしても、全額金七万円の支払は昭和二四年一一月末日をもつてその履行期を徒過し、右被告はその後今日迄明らかに履行遅滞にあるから民法第五四二条により本件土地売買契約を解除する。(ロ)仮に右理由なしとするも右被告の履行遅滞の間に本件土地の価額は昂騰し、昭和二三年一〇月頃は一坪金五五〇円であつたものが、現在においては一坪金二万円以下では容易に手に入り難い情勢となつている。然らば原告は今日においては右被告の履行遅滞によつて売買契約の履行が延引されたばかりに、原告の責に帰すべからざる地価の昂騰により売買当事者双方の給付を定める基礎とした処の行為の基礎が破壊されたにも拘らず、猶その給付をそれに相当しない反対給付の為に負わなければならないことになる。かかることは到底取引上の慣習を顧慮したる信義誠実の原則上許さるべき事柄ではない。従つて原告は民法第五四一条第五四二条の趣旨に則り右売買契約を解除する次第である。

更に被告等は原告はその所有の大阪市天王寺区餌差町の土地約一、七〇〇坪を一坪金五五〇円で被告亀井助紀に売却する話が成立し代金は右地上に右被告が家屋を建築して建売りした都度支払つていくとの契約であつて昭和二四年一月二八日内金二十万円を原告に支払つたと主張し、その後原告が右土地の一部を約旨に反し他に売却したので、右被告を残代金支払につき履行不能の状態に陥らしめたため、右被告は原告に対し前記支払金二十万円の返還と損害賠償を求めることができる故、之をもつて先の本件土地残代金五万円と対当額につき相殺したから、本件土地所有権は右被告に帰属していると主張する。然し右餌差町の土地売買は訴外植田清茂との間に話を進めたことはあるも、被告とは何等関係はない。仮に右被告の主張の通りであるとしても、右被告はその残代金の支払を履行不能ならしめた原告に対し当時之が履行につき一回の催告も為さなかつたのは勿論、原告の不履行を理由としての契約解除権をも行使せず、従つて右売買契約については未だ契約解除は為されていないし、右被告は契約解除を為したとの主張もしていない。然らば被告は右売買契約につき法定の契約解除権すらも行使していないのに拘らず、契約解除ありしと同様の効果を求むるが如き原状回復としての支払代金の返還を求めることの出来ないことは当然であり、又損害賠償債権をも取得する謂れもない。従つて被告の相殺の主張は失当である。

原告が昭和三〇年九月一六日内容証明郵便をもつて被告亀井助紀に催告したのは、右被告が本訴において俄かに権利を主張するので、仮に右被告主張の通りとすれば、その通りの義務を履行してはどうかと催告したるに選ぎない、而して右被告は原告代理人の不在を口実にして現実に履行の提供をしなかつた。もし不在ならば原告本人又は之に代るべきものに現実に提供するなり、或は、供託するなりして然るべきであるる。現金を持参せず口先のみで懐中に金員を持つているのだといつてその場を過したとしか思えぬと述べ、

証拠として甲第一、二号証を提出し、証人北川弘道(第一、二回)、植田清茂、舟橋勝、佃順太郎の各証言及び原告本人(第一、二回)尋問の結果を援用し、乙第三号証、第四、五号証の各一、二の成立を認め、爾余の乙号各証の成立を不知、同第三号証は援用すると述べた。

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、被告等が原告主張の頃から原告所有の本件土地を占有し夫々原告主張の如き家屋を建築した事実は認めるが、その余の原告主張事実は争う。被告等が本件土地を占有使用しているのは以下の如く正当な権原に基くものであつて不法占拠といわれる理由がない。

(一)  原告は本件土地を附近一帯の土地と共に訴外荒木某に管理を委ねていたところ、被告亀井助紀は昭和二二年一二月頃右荒木より本件土地を坪当り金三円の割合による賃料をもつて賃借し、原告と右被告間に賃貸借契約が成立したのである。

(二)  昭和二三年三月頃原告は原告の土地の新管理人訴外北川弘道を同道して右被告方に来り、訴外荒木に対する管理権を取上げ爾後訴外北川弘道をして原告の土地を管理せしめるが、原告においては本件土地を賃貸するよりも売却したき旨申入れたので、右被告はその後右訴外北川との間に本件土地の売買につき交渉した結果、同年一〇月頃一坪金五五〇円の割合をもつて算定した代金七万円にて売買すること、この代金は一箇月金五千円宛を毎月末支払うとの契約が成立し、右被原は原告に対し同年一二月末日迄に内金二万円を支払つたのである。

(三)  その頃原告と同被告間において原告所有の大阪市天王寺区餌差町一八五番地の土地約一、七〇〇坪を一坪金五五〇円、右代金支払は同地上に右被告が家屋を建築して他に之を売却する都度為していくという条件で売買契約が成立し、右被告は昭和二四年一月二八日内金二十万円を原告に支払つたが、その際右被告は本件土地の残代金五万円は右餌差町の土地における建物の建売りが成功したときに一度に決済する旨申出で原告の諒解を得た。然るに右餌差町の土地の売買は取引完了に至らないうちに原告においてその一部を他に売却する等のことがあり、結局履行不能の状態に陥らしめたため、右被告は原告に対し前記支払代金二十万円の返還を求め得るの外、相当額の損害賠償債権を有することとなつた。よつて本件土地残代金五万円は右被告の原告に対する債権の内金五万円と対当額につき相殺したから、本件土地有所権は既に被告亀井助紀に帰属していると述べ、

原告の再抗弁に対し、既に被告亀井助紀は原告が昭和三〇年九月一六日内容証明郵便により(イ)本件土地の延滞地代、(ロ)本件土地の売買残代金、(ハ)餌差町の土地の売買残代金を期間を定めて之が支払を催告したのに対し、右催告期間内なる同月一九日右(イ)(ロ)の支払のため原告代人理人事務所に至つたが、原告代理人不在のため支払出来ずそのまゝ持帰り、その後言語上の提供を為したので爾後履行遅滞はなく、むしろ原告が受領遅滞にあるから、原告の契約解除の主張は失当である。以上の理由により原告の本訴請求は理由がないと述べ、

証拠として乙第一号証の一乃至三、第二、第三号証、第四、第五号証の各一、二を提出し、証人北川弘道(第一回)、植田清茂、畑野義男の各証言及び被告亀井助紀本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被告両名が昭和二三年頃より原告所有の本件土地を占有していること、被告亀井泰輔は昭和二四年一月、被告亀井助紀は昭和二八年春頃いづれも本件地上に原告主張の家屋を建築したことは当事者間に争がない。

被告等は本件土地については昭和二二年一二月頃被告亀井助紀において原告の土地管理人荒木某より坪当り金三円の割合をもつて賃借したので不法占拠をしているものでないと主張するが、この点に関する被告亀井助紀本人の供述は後記証拠に照らし措信し難く、他に之を認むべき証拠はない。反つて証人北川弘道(第一回)の証言及び原告(第一回)本人の供述に徴すれば原告の本件土地管理人荒木は被告亀井助紀に本件土地を賃貸しなかつたことを認めるに難くない。従つて被告等の右主張は採用できない。

次に被告等は被告亀井助紀と原告間に本件土地につき売買契約が成立したと主張するので案ずるに、証人北川弘道(第一回)の証言と之により成立の認められる乙第一号証の一乃至三及び被告亀井助紀本人原告本人(第一、二回)各尋問の結果の一部を綜合すると、昭和二三年一〇月頃原告は被告亀井助紀が本件地上に無断建物を建築し不法占拠をしているのを発見したので抗議したところ、同被告は土地管理人北川弘道を介し之が賃借方を懇請して来るので、原告は北川を通じ折渉していたところ北川は原告の許諾なく本件土地を代金七万円、之が支払方法は毎月末金五千円宛の約旨で売買契約を結び、同年末迄に内金二万円を受領したので、原告はやむなく之を承認したことが認められる。右認定に反する被告亀井助紀、原告各本人尋問の結果の一部は措信せず他に之を覆すべき証拠はない。原告は右北川は単なる原告の土地管理人に過ぎず原告に代り売買を為す権限はないものであるから同訴外人が右被告との間に売買契約を締結しても無効であると主張するが、叙上認定した如く原告は同訴外人が右被告と為した本件土地売買を承認した以上たとえ同訴外人に原告を代理する権限がなかつたとしても原告と右被告間に売買契約は成立したしたものというべく、従つて原告の主張は採用できない。

そこで仮に本件土地につき原告と被告亀井助紀との間に売買契約が成立したとしても本訴において右契約を解除するとの原告の主張につき案ずるに(イ)右売買代金七万円の支払方法は昭和二三年一〇月から毎月末金五千円の月賦払であること及び右被告は同年末迄に内金二万円の支払を為したことは前段認定したところである。従つて代金全額の最終履行期は昭和二四年一一月末日なることが明らかである。尤も右被告は昭和二四年一月二八日原告所有の大阪市天王寺区餌差町の土地買受代金の内金二十万円を支払の際同地上建物の建売が成功したとき本件土地残代金五万円も一度に決済するとの約束が原告との間に成立したと主張し、右被告本人は之に副う供述をするが措信し難く、反つて後記認定の如く右餌差町の土地の売買は原告と訴外植田清茂の間に成立したものであつて右被告との間に成立したものでなく、従つて原告に対する売買代金内金の支払も右訴外人が為したものであり、本件土地残代金の支払につき右被告主張の如き約束も原告と右被告間に成立したものでないことが認められる。従つて右被告は本件土地の残代金につき昭和二四年一二月より今日に至る迄履行遅滞にあるものといわなければならない。然し本件土地売買が定期行為に属することは原告の主張立証しないところであるから、原告は民法第五四二条による解除権を有しないことは勿論である。従つてこの点に関する原告の主張は失当である。

(ロ)次に原告は事情変更の原則により本件土地売買を解除すると主張するので考えるに、被告亀井助紀が昭和二四年一二月より今日に至る迄履行遅滞にあることは前段認定したところである。尤も右被告は原告の昭和三〇年九月一六日の内容証明郵便による本件土地残代金、延滞地代及び餌差町の土地残代金の支払催告に対し催告期間中なる同月一九日原告代理人事務所に本件土地残代金と延滞地代を持参したが不在のため支払出来ず持帰つたから被告には爾後履行遅滞なしと主張するけれども、たとえ右被告が右日時に原告代理人事務所に行つたが不在であつたとしても、その主張の如く金員を持参したことは成立に争のない乙第五号証の一、二によりては之を認めるに足らないし、他に右事実を認定するに足る証拠はない。尤も右書証によれば右被告が同月二三日言語上の提供をしたことは認める得るが之のみによりては未だ右被告の履行遅滞は終了しないことはいうまでもない。従つて右被告は現実の弁済提供をしたものと認め難い。このことは原告代理人が持参又は送金支払方を催告したことが成立に争のない乙第四号証の二により認められるのに、被告は当時単に言語上の提供を為したに止り送金の方法を採らず又供託もしなかつたことよりも窺知せられる。然らば右被告は昭和二四年一二月一日以来猶履行遅滞にあるものという外なく、而してその間大阪市内の地価が経済事情の変動により著しく昂騰したことは顕著な事実であり、之に原告本人(第二回)尋問の結果を綜合すると、昭和二三年一〇月頃一坪金五五〇円程度の価格であつた本件土地は、その後漸次昂騰し昭和三一年四月頃には一坪金二万円以下では容易に入手できない状況に至つたことを認めるに難くない。右認定を妨ぐる証拠はない。思うに契約成立当時の事情が当事者の責に帰すことのできない事由により、当事者の予見せず又は予見し得ない程度に変更し、既定の契約文言通り拘束力を認めては著しく信義則に反する結果となる場合には、当事者は契約を解除し得るものと解するを相当とする。然らば叙上認定事実より推し、他に特段の事情なき限り本件土地価格の昂騰は、当事者の責に帰すことのできない事由により生じたものであり、且つ当事者の予見し又は予見し得ない程度であるものというべく、而も上記認定の如くその昂騰は被告亀井助紀の履行遅滞中に生じたものである以上、原告に対し猶当初の売買契約の履行を強いることは甚だ酷であつて信義則に反するものといわざるを得ない。従つて原告は右事情変更を理由に本件土地売買契約を解除し得るものといわなければならない。而して原告は昭和三一年七月一八日右被告に対し前記事情を理由に本件売買契約を解除する意思表示を為したことは本件記録に徴し明らかである。然らば本件売買契約は原告の右解除により消滅に帰したものというの外ない。

被告等は原告より原告所有の大阪市天王寺区餌差町の土地約一、七〇〇坪を坪当り金五五〇円で被告亀井助紀が買取りその代金は右地上に家屋を建てゝ之を売却する都度支払つていくとの契約が成立し右被告は昭和二四年一月二八日内金二十万円を支払つたと主張し、その後原告が右土地の一部を他に売却し残代金支払につき履行不能に陥らしめたから、右被告は原告に対し前記支払金二十万円の返還債権と損害賠償債権を取得したので、本件土地残代金五万円と対当額につき相殺したから本件土地所有権は既に右被告に帰属していたと主張するけれどもこの点に関する被告亀井助紀本人の供述は後記証拠に照らし措信し難く、又乙第二号証は証人北川弘道(第二回)の証言によると右事実を認定すべき資料とは為し難く、証人植田清茂の証言も之を認めるに足る証拠とできないし、他に右被告等主張事実を認めるに足る証拠はない。反つて証人北川弘道(第二回)及び原告本人(第一、二回)の供述を綜合すると、右餌差町の土地については訴外植田清茂が被告亀井助紀を通じ原告の土地管理人北川弘道に買受け方を申入れたので、原告は之を右訴外人に売つたことが認められる。然らばたとえ右被告において相殺の意思表示をしたとしても原告と右被告間に右土地の売買が成立したことを前提とする以上その効力を生ずるに由なく、従つて本件土地所有権が既に右被告に帰属していたとの主張は採用できない。

そうしてみると被告等は本件土地を不法占拠しているものというべきであるから原告に対し同地上の被告等所有の家屋を収去し之が明渡義務あることは勿論原告が被告等の占有により被るべき損害を賠償すべき義務あること明らかである。而してその損害額は反証なき限り本件土地の相当賃料額に該るものと認むべきであるるところ、その相当賃料額に付ては原告は一箇月一坪当り金二十円を主張するが之を認むべき証拠なく、尤も被告等は昭和二二年一二月当時右相当賃料額は一坪当り月額金三円を自認し、その後土地賃料が一般に昂騰したことは顕著な事実であるが本件土地につきその数額を認むべき資料がないので従前のものをもつて相当賃料額と認める外はない。然らば被告等に対し本件土地を同地上存在の被告等の家屋を収去して明渡を求め且つ被告等が本件土地占有後なる昭和二五年一月一日から右明渡済に至る迄一箇月金三円の割合による損害金の支払を求める限度において原告の本訴請求は理由があるから之を認容し、その余の部分を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 畑健次)

不動産の表示

大阪市天王寺区空堀通二丁目四十五番地の参・同四十四十番地の参即ち大阪市都市計画明示に基く天王寺区空堀方面換地指定二十九ブロツク第六号東南隅の基点より北へ一四、七間西へ七、六五間の弐辺に囲まれたる長方形の土地(但し北側の壱辺は七、八間)百拾参坪七合参勺

図〈省略〉

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